結果なのか、それともプロセスなのか
IDAかIdaか
30年ほどまえ、Lispの言語仕様の標準化とオブジェクト指向機能のCommon Lispへの組み込み設計の話をやっていたころ、大文字小文字の区別の扱いがベースに流れるテーマになった。つまり、シンボル(アトム)の名前として、IDAとIdaは同じものとするか別のものとするか。
しばらく離れている現在、遠い記憶をたどると、MIT系のLispはケースレス、UCB系のLispはケースセンシティブと大別したように記憶している。前者でも、もちろん文字列として”IDA”と”Ida”は異なるものとして扱う。オブジェクトの識別子として、’名前’を使うときに問題になる。東海岸的には、現実の使い方の中での融通性を、経験から認める範囲を探ってきたと思う。
2015年9月、ついにWindows10にアップグレードし、しつこいのでついに一部同意して、Dropboxベースで作業中文書の保管をしていたのを、OneDriveに変えた。カエサルのものはカエサルに、ではないが、MSの世界はMSの世界で、ということで、文書処理の扱いもMS Officeで行ってみようと思った。スマホ・タブレットでも編集のできるMS Officeが利用できるようになったからだ。
ある日、家で文書ファイルを更新し、それを大学に出勤してから、研究室のパソコンで編集を継続する、という、「いつもの」使い方をしていたら、ネット上の文書ファイルを編集可能にする旨クリックしてからでないと編集できないFeatureに行き当たった。最初はこれはセキュリティ保全上、良い警告だと思った。エクセルも含めて多くのネット上の文書ファイルを持ってきて開くと、ウィルスに感染する事例が多く報告されているからである。
しかし、ハタと思った。自分の自宅のパソコンで作ったのを、別の場所で編集しようというのに、ネットから持ち込むのか危険ですよ的な警告がでるのは、やりすぎではないか?
納得がいかない。で、いろいろ調べ始めた。
でわかった。
MS OfficeのWORD文書のプロパティを見てみると、こういうようにして編集したファイルの初版作成者・オーナーがMASAYUKI IDAに、最終編集者がMasayuki Idaになってる。うーむ、で、次の編集ファイルを編集するときに、共同オーナーに、Masayuki Idaを加えてみた。
すると問題がなくなった。
で、数日後、大きな違いを発見した。自宅のパソコンでは私の名前をMasayuki Idaに、大学のパソコンはMASAYUKI IDAにしているから、プロパティとしてはそこから名前を持ってきているのだろう。そしてそれらが違うと言っているのだろう。
たしかにパソコンにログインするときにでてくる名前のケースが違う!!!
私は、自分の文化から、これらは同じに扱われると思っていた。しかし、シアトル、西海岸文化のMSでは別のものとしてチェックすることが組み込まれるようになったのではないか。以前はチェックしていなかったのに、新しい「良い」機能をおせっかいにも加えたというわけだ。
で、根本的な妥協策を考えた。両者のパソコンの私の名前を同じにすることである。
それ以後、スムースになった。一安心。
しかし、それはぬか喜びだった。Windows10にして一か月後、10月に入ったある日、突然、一方のパソコンで、「あなたのOfficeは認証されていません。あと4日で使用不能となる」という失敬なウィンドウがポップアップされるようになった。なんだこれは。
いろいろと試行錯誤。で、結局MS Officeのプロダクトキーを再入力することとなった。やってみた。
ピンポーン!
問題がなくなった。一件落着。
しかし、何が起きたんだ?これでよかったのか?
そうか!私の名前の綴りを変える、これはWindows10の管理者が別の人に代わるということをWindows的には意味したのではないか??
で、ライセンスがないよと脅かしてきた。
MASAYUKI IDAとMasayuki Idaは別人だったのだ。
(投稿後:おもしろい!WordPressを使っているが、WordPressは表題の「IDAかIdaか」をファイル名にするときに、「idaかidaか」に直してる!!それから、書かれているいきさつでの表現は、正確に表示された字面を再現していない、私の記憶をそのまま書いているので、実際のパソコン上での表現は多少異なるのはお許しを)